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被害者面の双葉郡民

1 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:18:05.94 ID:/0lBh4yp0
@paakokooko20618
20618 @KIRARAnoKI0409 まさにその通りですね。誰の為に電気を作ってきたのか、新しく原発作るならぜひ、首都圏に作って頂きたい。
http://twitter.com/#!/paakokooko20618/status/131536081991643136


雇用のために原発を誘致しといて、なぜ被害者ぶれるのか

2 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:21:52.20 ID:/0lBh4yp0
-東電社員S氏の回顧録-

Sは、1963年(昭和38)暮にも大熊町を訪れ、現地測量を行った。
その際は県の開発部から一人同行した。

Sによると、宿舎に、突然町長(当時・故人)が四斗樽をもって現れたという。

大熊町長は、「陣中見舞に酒を持ってきました。
私は東電原子力発電所に町の発展を祈念して生命をかけて誘致している。
本当に東電は発電所を造ってくれるのですか」
と問いかけ、その気迫に圧倒されたとSは回想している。

Sは、頭の中を整理して、
「必ず建設しますからご安心下さい。
我々土木屋が来たのは建設準備の第一歩です。
基準点の測量するのが事の始まりです」
と答えたという。

しかし、その後も町長は、何回も
「建設してくれますか」
と尋ねたという。

町長は、
測量するには足が必要であるから、私の車を使ってください
と帰り際に言い置いた。

翌朝、差回された車はデボネアの新車であった。

また、それ以外、作業員も大熊町で世話してもらったとのことである。


3 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:22:27.56 ID:/0lBh4yp0
しかし、測量してみると、地図上では大熊町にあるはずの基準点が双葉町内にあり、
そこで県の担当者が双葉町役場に了解を得ようとしたが、

双葉町の課長が、
大熊町の作業員ではなく、双葉町の作業員でなければ、測量をさせない
と主張し、頑として聞き入れなかったという。

そこで、県の担当者とともにSは双葉町長に会い、挨拶してお詫びをし、
町長は快諾したとのことである。

そして、その夜について、Sは次のように回想している。

その夜は双葉駅前の旅館に泊まった。
夕食時双葉町長が来て会食した。

県の人が
「大熊町長は陣中見舞に四斗樽を持って来たよ」
と云ったら

双葉町長は
それでは今夜の酒代は持たせて戴きます
と云った。

-----------------------------------

そして、東電では、双葉町の買収面積を増やしている。



-東日本大震災の歴史的位置ー東電関係者が語る地元自治体による誘致の景況-


4 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:24:03.08 ID:/0lBh4yp0
「追想・町長在職二十二年の軌跡」 田中清太郎 著 〔双葉町(福島県)〕
http://rnavi.ndl.go.jp/books/2009/04/000002458193.php


「津波と原発」 佐野眞一

田中の回想記には、福島第一原発の誘致と建設に関わった重要人物の名前も列記されている。

< 発電所誘致については当時の東電社長の木川田一隆氏が県人であり(梁川出身)佐藤知事との関係、
或は本町出身の天野光晴氏並びに木村守江氏等の人間関係によることも、極めて大きな力が作用した様である。 >
天野光晴は、国土長官、建設大臣などを歴任し、“道路族のドン”と呼ばれた男である。

田中は初めて原発建設計画があると聞いたとき、すぐに広島、長崎の原子爆弾を思い出したと、同書に記している。
だが、その考えはすぐに変わった。
田中は原発が双葉・大熊町に建設されてからは、次のような意見を書くようになった。

======================================================================

原発ができて、双葉町の過疎化はとまった。

東京電力の関連会社もたくさんできたので、双葉町の高卒者は全員就職できるようになった。

若者にも嫁さんが着てくれ、安定した生活ができるようになった。現在、双葉町の個人所得は県下一をつづけている・・・・・・。

======================================================================

5 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:26:36.07 ID:/0lBh4yp0
「津波と原発」より引用

昭和三十八(一九六三年)年四月から昭和六十(一九八五)年十二月まで
二十二年にわたって双葉町長をつとめた田中清太郎の甥の田中清一郎(双葉町商工会長)は、『共生と共進』でこう書いている。

<双葉郡に原発誘致が決まった要因については、昭和36年から東電の社長を務めた木川田一隆氏の功績は大きい。
木川田氏は本県出身(梁川町)だったこともあり、木川田氏でなければ、地元も了承しなかったと思う。
当時の木村守江知事が果たした役割も大きかった。
原発の建設期の双葉町は、見違えるように様変わりした。上下水道の整備率や道路の舗装率は格段に上昇した。
教育施設も当時の文部省の補助を受けないで、電源交付金だけで整備することができた。
計り知れない恩恵を受けたことを否定する町民はいないのではないか>

6 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:26:49.75 ID:/0lBh4yp0
「悪魔と手を結び」原発を故郷に、木川田東電元社長−LNGも先鞭(1)

  10月21日(ブルームバーグ):福島県伊達市梁川町。宮城県との県境に近い山舟生小学校
では8月末、2学期の始まりを控えて校庭を約1.5メートル掘り起こす除染作業が急ピッチで進
められていた。東京電力・福島第一原子力発電所から60キロメートル離れたこの場所でも、毎
時0.6マイクロシーベルトの放射線量が計測された。

  約100年前にこの山あいの小学校に入学した駆けっこの得意な少年は、約半世紀後には東京
電力の社長に就任し、同社最初の原発を福島県に建設することを決めた。東電の「中興の祖」
として知られる故木川田一隆氏だ。

  木川田氏は、この町で医者を営む家の三男坊として生まれた。その生家の向かいに今も住
む八巻長蔵さん(83)は「みんな非常に優秀な一家だった」と話した。長男は医者、次男は陸
軍少将と秀才兄弟として有名だったという。

  木川田氏が亡くなってから30年後、生家から数百メートル離れた街道沿いには「東電は放
射能汚染物質を持ち帰れ。この地に持ち込ませるな!」と書かれた看板が立っていた。八巻さ
んは「故郷を良くしようと信じて、木川田さんは木村守江元知事と一緒に原発を福島に持って
きたのだろう。でも、結局は故郷を駄目にしてしまったのは非常に残念だ」と話す。

  県内には事故が起きた福島第一原発のほか、福島第二原発もあるが八巻さんは「原発が2
つできたといっても、福島県の全体が潤ったわけじゃない」と嘆く。

潤ったのは浜通りだけ

  福島県は、福島市など比較的人口の多い町が並ぶ「中通り」を中心に、阿武隈山地を隔て
た沿岸部の「浜通り」と、奥羽山脈を隔てた「会津」の3つの地方に分けられる。原発で潤っ
たのは浜通りだけだと八巻さんは感じている。中通りに位置する伊達市では、原発建設に携わ
った人や原発作業員になった人はあまりいない。「こんなことになるなら、もう原発はやめて
もらいたいよ」と本音を明かした。[略]

ttp://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90900001&sid=aRBoBH0aU3ms

7 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:29:10.91 ID:/0lBh4yp0
> 民友新聞連載「原発と国家」始まる。双葉町出身の国会議員、天野光晴と
>梁川町(伊達市)出身、川木田一隆東電社長のコンビが福島県への原発誘致の原動力。
>二人は、天野が県会議員、川木田が常務時代からの同県人として意気投合、「通訳の要らない付き合いだった」。4ヶ月前 aizujin_k



天野光晴 Wikipedia

日本の政治家 天野光晴 あまの こうせい
生年月日 1907年3月26日 没年月日 1995年3月24日

第4代 国土庁長官 内閣 三木内閣 任期 1976年9月15日 -1976年12月24日

第50代 建設大臣 内閣 第3次中曽根内閣 任期 1986年7月22日-1987年11月6日

福島県双葉郡双葉町に、農業・天野辰記の二男として生まれる。

8 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:31:51.57 ID:/0lBh4yp0
特集ワイド:なぜここに? 何もたらした? 福島第1原発1号機

地域開発と試行錯誤の歴史
東日本大震災で放射能漏れ事故を起こした福島第1原発1号機は、日本で最も早く運転を開始した原発の一つ
だ。なぜこの地に建設され、地域に何をもたらしたのか。設計から携わった元東電副社長と、事故前からこの原
発の歴史を研究していた若手社会学者に聞いた。【宍戸護】

危険性わからぬまま、いち早く誘致に手を挙げた−−社会学者・開沼博さん
初期はトラブル多く、実際には商業用と呼べるものではなかった−−草創期を知る元東電副社長・豊田正敏さん

社会学者・開沼博さん セミが鳴く東大・赤門に、東大大学院生の開沼博さん(27)は自転車に乗って現れ
た。福島原発の歴史を通して戦後成長を論じる著書「『フクシマ』論」を6月に出版し、脚光を浴びる社会学者
だ。

「福島第1原発は日本で最も古い原子炉の一つで、首都・東京に電力を送っている。原発はさまざまな矛盾を
抱えた仕組みなのに、なぜ、かくも変わらないのか……。そんな思いで福島原発の歴史を調べ始めたのです」

福島県いわき市生まれ。実家は原発から約43キロの距離にあるものの、地元にいたときには、原発を意識し
たことはほとんどない。著書のために06年から原発周辺でインタビューを重ねた約50人の地元住民らさえ
「発電所と大きな鉄塔、太い電線は日常風景。毎日意識することはない」と話していたという。

「『フクシマ』論」では、福島第1原発を抱える双葉郡の土地柄を「平坦(へいたん)地が少ないため農業は難
しく、海岸線は絶壁で利用しにくい土地だった」と指摘したうえで、戦中戦後の経緯をこう記す。

<三八年、軍部は現在の福島第一原発の土地の一部である、台地三〇〇ヘクタールを強制買収する。それは熊
谷飛行隊の分校を開設し、陸軍の練習飛行場とする目的だった。(略)敗戦後、数年間放置された荒地は堤康次
郎率いる国土計画興業と地元住民へ払い下げされた。堤はここで大規模な塩田を営むようになる>


9 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:32:22.01 ID:/0lBh4yp0
西武グループ創始者にして戦後、衆院議長も務めた堤氏が始めた塩田も、海水から直接塩を取る技術が発達し、
数年で廃れた。他に産業がないこの地域の開発を目指し、当時の佐藤善一郎知事のもと、木村守江参院議員(後
に知事)が57年ごろ、福島県出身の木川田一隆・東電副社長(後に会長)に原発誘致の相談を始めた。

<他に競合する自治体がいないようななかで原子力誘致に手をあげた>と開沼さんは書く。「けれど当時は、
そもそも原発の危険性や、存在としていかなるものなのか、よく分かっていなかった」

豊田正敏 元東電副社長 「福島第1の土地の入手は容易でした。知事さんや地元の町長さんが誘致に熱心だ
ったし、木川田さんが福島県出身だったこともある」。元東電副社長で、原子力畑を草創期から歩み続けた豊田
正敏さん(88)は、東京都内の自宅でとつとつと語り始めた。

終戦の年、東大工学部を卒業し、日本発送電(東電の前身)に入社。55年に新設の「原子力発電課」に配属
される。課長以下4人でスタート。「原子力の実用化はずいぶん先だと思っていたので、配属されがっかりしま
した」と豊田さん。

だが、「実用化」は予想以上に早く動き出す。双葉、大熊両町長から誘致の意向を示された60年、「適地」
と判断し、佐藤知事に申し入れた。土地買収は順調に進み、東京ドーム42個分に相当する約200万平方メー
トル(現在は約350万平方メートル)を取得した。

「原発には立ち入り禁止エリアがあり、広さがほしい。都市部は地価も高く、候補地は必然的に田舎に絞られ
る。福島県は東電の電気供給区域外ですが、猪苗代湖の水力発電などで戦前から付き合いもあり、地元には納得
して受け入れていただきました」 略

さまざまな問題を抱えながらも、40年の歴史をフクシマの地に刻んできた原発。そこには、地元の住民が抜
けようとしても抜けられない「しがらみ」が厳然としてある。

再び開沼さん。「電源開発は、いつの時代も地域開発の有効な手段だった」としながらも、こう続ける。「震
災発生直後の3月中は、原発関連の仕事をしている誰もが『もうあそこでは働きたくない』と口にしていました
が、5月ごろになると『普通に働いている』という声が多くなった。ある50代の男性は『原発の仕事を辞めよ
うにも同じ給料で雇ってくれるところがない』とこぼしていました。原発を止めれば済むという単純な話ではな
い。今後、数十年にわたって放射性物質と付き合わざるを得ない地元の人たちの声に、真剣に耳を傾け続けるし
かない……」

毎日新聞 2011年9月8日 東京夕刊
ttp://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110908dde012040072000c.html

10 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:33:55.65 ID:/0lBh4yp0
『東電帝国 その失敗の本質』(志村 嘉一郎・著)
> 今の九電力体制をつくり電力の鬼≠ニ呼ばれた松永安左ヱ門の直弟子ともいえる木川田一
> 隆(1961〜71年に東電社長)と平岩外四(1976〜84年に東電社長)。木川田は後に会長職に
> ついているので、この二人が事実上、20年以上も東電を仕切っていた。そしてこのころ、日
> 本では原発建設がもっとも進められた。日本の原発時代を切り開いたのは、財界ではこの二
> 人であったといってもいい。
>
>  これらの事実を丹念に追った書が「東電帝国 その失敗の本質」である。著者は元朝日新
> 聞記者。例えば福島県出身の木川田と福島県知事・木村守江の関係(木川田は東電で天皇
> ≠ニ呼ばれ、福島県は木村王国≠ニ称された)、木川田と田中角栄の関係を知れば、なぜ
> 東電が自社の管内ではない福島、新潟に原発を置いたかがよく分かる。
ttp://yuuhikairou.blog.so-net.ne.jp/archive/20110712


「津波と原発」佐野 眞一 
> この本を読んで、福島第一原発がなぜ、あの地に立地したのかが分かりました。要するに
> 貧しい地域だったからです。そして、共産党が強くなく、反対運動は強くならないだろうと
> いう読みもありました。
> 大地主の一人である堤康次郎は3万円で買い、原発の敷地を3億円で売った。東電の木川田
> 一隆社長、地元選出の木村守江代議士(後に福島県知事になる)、そして、この堤康次郎の
> 3人で原発誘致は決まった。ボロもうけしたのですね・・・。 ttp://www.fben.jp/bookcolumn/


11 :地震雷火事名無し(家):2011/11/02(水) 12:34:44.47 ID:/0lBh4yp0
“アメ”はカネだけではない。
 
原発は雇用を生む。下請けなどを含めると雇用数は地域を凌駕し、
福島第一原発と第二原発は地元で1万1000人を雇用した。 およそ2世帯からひとりの割合である。
 
地元優遇は徹底される。たとえば設備の拡張工事や花壇の整備、機材の納入などを地元の業者に発注。
お中元など贈答品は 地元デパートに大量注文し、
商店街や町内会の小さなイベントにも電力会社から“心づけ”が届く。



福島第一原発の地元で長年反対運動を行なってきた石丸小四郎さんがいう。
 
「地元の商店、住民は様々なかたちで電力会社の恩恵にあずかります。
私の地元でも東電は地元の金物屋から貴金属を購入し、 ガソリンスタンドの給油まで割り振った。

原発関係者で潤い『こんなに儲かっていいの』とうそぶく飲み屋も多かった。

地元では夜な夜な地主や有力者が接待され、土
地譲渡などで貢献した人は東電に優先的に採用されるといわれたものです。

こうして地元の隅々まで手を回すことで唯々諾々の“原発城下町”が作られました」

SAPIO 2011年8月3日号




12 :地震雷火事名無し(茸):2011/11/02(水) 15:28:23.09 ID:AOdFUiOg0
自分の町の歴史を知らないんだよね

13 :地震雷火事名無し(空):2011/11/02(水) 18:45:21.90 ID:CL0gMBGa0
電気代を双葉に無駄遣いされました

14 :地震雷火事名無し(関東・甲信越):2011/11/02(水) 18:59:49.86 ID:okaEzNPZO
こいつらは被害者ではない 加害者

15 :地震雷火事名無し(神奈川県):2011/11/02(水) 20:08:23.21 ID:O8GnpKlv0
過去の事実を突き付けなければ、被害者面しかしない。

双葉町の町長選挙、町議会選挙は
ttp://go2senkyo.com/city/07
/075469.html
にあるように、大変に熱い。

長年の原発依存の結果、原発利権なしには
経済的になりたたない状況になっていたこの地域において地方選挙の
たびに、東電や国から受け取った大金を町内のどこにどんな風に注ぐか?を
左右する金権誘導選挙となる

選挙結果は、組織的支持者の生計にダイレクトに響くのだから、投票率は毎回、80%を超えている。

人口の小さな町で、誰が誰の支持者か明白な中、
それをどう動かすか?票を取りまとめて代わりに恩恵を受け取る組織は、
敵対勢力の取り崩しに一所懸命。自分側の組織固め、相手の勢力の切り崩しで毎回、沸騰する。

埼玉への集団避難を先導した現町長に対し
反対勢力は、この施策をタタいて町長の支持率を落とすためにがんばっている。
埼玉の避難所の悪い状況を熱心に伝えているのはこの勢力であろう。
反町長派のキャンペーンにより、
双葉町避難民は町長支持・不支持の区別無しに嫌われて
受け入れ先を失いつつ有る


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